こんにちは!
瞬報エキスプレスです!
今回は、
【速報】宮根誠司が極秘離婚 本人コメント全文あり
というニュースを瞬報します↓
フリーアナウンサーの宮根誠司(60才)が離婚していたことが『女性セブン』の取材でわかった。
情報番組・ワイドショーのキャスターほど、過酷な職業はない。連日、緊張感漂う生放送のスタジオで、次々に飛び込んでくるニュースを、政治から経済、事件、文化・芸能、スポーツに至るまで、矢継ぎ早にさばいていき、持論も織り交ぜる。生半可な勉強量ではない上に、最近では、少しでも口を滑らせれば、ネット上が蜂の巣をつついたような大騒ぎになるから、さらに気が抜けない。 肉体的にも精神的にも半端じゃない重圧のなかで、30年以上も最前線を走り続けてきた宮根誠司が、この春に還暦を迎えた。 平日5日間の午後は大阪、週末日曜の夜は東京で生放送をこなす。息が抜けるのは、東京で家族と過ごす土曜日だけ――。
「東京と大阪に自宅を持ち、行ったり来たりのハードな生活ですが、昨年、そんな生活スタイルが変わったそうです。東京で家族と暮らすマンションのなかで、また別の部屋を新しく借りて、宮根さんはひとり暮らしをスタートさせたようなんです。 どうやら、15年ほど連れ添ってきた奥さんと離婚することにしたという話です」(テレビ局関係者)
朝日放送の人気情報番組『おはよう朝日です』の司会者(1994年~2010年)として関西での人気を盤石なものにした宮根は、2004年にフリーに転身。
現在は『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系、2006年~)や『Mr.サンデー』(フジテレビ系、2010年~)の司会として、息の長い活躍を続けている。
「局アナとして実力があっても、フリー転身後に安定してテレビに出続けられるのはほんの一握りです。宮根さんは関西弁を駆使した“おばちゃん目線”のトークで人気を博していて、情報番組の司会としては、もはや名人芸の域と言っていい」(芸能関係者)
私生活では、1993年1月に元モデルの女性と結婚するも、2004年7月に離婚。それから約2年後、知人の紹介で出会ったという出版社勤務のA子さんと再婚した。
「A子さんは北川景子さん似の美人で、サバサバとした姐御肌タイプ。多忙を極める宮根さんを支えながらも、自分の興味関心を突き詰めて、生活を楽しめるかたです。新婚生活のベースは大阪でしたが、2011年に誕生した娘さんが東京の名門私立校に入学したタイミングで、家族は東京に転居。もともと宮根さんは『Mr.サンデー』の放送で毎週日曜に東京に来ていたので、大阪と東京の二拠点生活になりました」(前出・テレビ局関係者)
フリーアナウンサーになってもうすぐ20年。最近、仕事の虫の宮根には“異変”が起きていたという。
「宮根さんは『ミヤネ屋』スタッフと話し合いの上、この4月から、1か月に1日だけ“リフレッシュ休暇”を取るようになりました。金曜日の放送だけ休めば、金曜・土曜で連休が取れるので、1泊で地方旅行に行ける。ゴルフをしたり、温泉に入ったり、居酒屋やスナックで地元の人と語らいながらグラスを傾けることが、いまは楽しくて仕方ないそうです。 この“働き方改革”のご時世に信じられませんが、盆暮れを除いて、宮根さんにはこの十数年、連休がなかったんですよ」(別の芸能関係者)
プライベートでもこんな変化があった。
「最近、大切にしてきたものを、後輩やスタッフに気前よくあげちゃうんです。『オレ、終活してんねん』と冗談とも本気ともつかない言い方なんですが…。筋トレは欠かさず、数年前にはプロレスのリングにも上がった肉体派なので、終活にはまだまだ早いように思いますが、何か思うところがあったのでしょうか」(テレビ局スタッフ)
そんな中で浮上したのが、宮根の離婚情報だったーー。
『ミヤネ屋』放送後の宮根を直撃した。
――離婚は事実でしょうか。
「そうですね…。ぼくはキャスターなので、プライベートなことを公表する必要はないと思っていたんですが、たしかに離婚はしましたよ。昨年の年末までに離婚は成立しています」
――原因は?
「揉めたとかはまったくありませんよ。いちばんの理由は、コロナ禍で還暦を迎えたことでしょうね。ぼくにとって60才になるって、本当に重かった。男性の健康寿命は72才ぐらいなので、元気でいられるのもあと一回りしかない。新型コロナの健康不安も相まって、“もう明日死ぬかもしれん”とリアルに感じられて、これはもうちゃんと“終活”せなあかんなと。逆に、“今日死んでもいい”と思うほど、充実した毎日を送りたいなと思ったんです。 そう考えたときに、ぼくはぼくの人生をしっかり生きたい、奥さんには奥さんの人生をしっかり生きてほしいという気持ちで、お互い納得した上で離婚することにしたんです。介護とかで、家族に迷惑もかけたくないですし。 ぼくはもう年なんで、お金もそんなに使いません。弁護士に相談して、財産分与もしっかりさせていただきました。お互いに不安がないようにはしておきたかったんで」
――還暦を過ぎて離婚するのは、寂しくないですか。
「振り返ると、ぼくのキャスター人生はなんて恵まれてたんだろうなと。視聴者のかたに支えられ、共演者やスタッフに支えられ、局アナ時代から、フリーに転身してからも、ずっと第一線で仕事をさせてもらってきた。いままでみなさんの力をお借りして、幸せすぎる時間を過ごさせてもらいました。 そういう意味で、還暦を過ぎたぼくの残りの人生は“オマケ”みたいなもんです。もちろん手抜きはせずに真剣に生きますけど、寂しいとか、誰かに面倒みてほしいとか、おこがましいんじゃないかと思ってます。ぼくなんて、野垂れ死んだっておかしくない生き方しかしてませんしね。人は誰しも死ぬときはひとりですよ」
――離婚してなにか変わりましたか。
「しょせんは、紙切れ1枚(離婚届)だったなというのが実感です。いまも週6日の生放送の生活は変わってませんし、元奥さんと子供が暮らすマンションの別の階に住んでいるので、子供の行事なんかには変わらずに顔を出しています。 家族の数だけ、家族の形態があるはずです。自分の生き方を突き詰めつつ、助け合う場面では家族として、親として協力する。そういう家族のスタイルがあっていいんじゃないかと思っています」
新たなスタートを切って、充実の日々を過ごしているようだ。
以上、『女性セブン』サイトより引用